ビジネスを進める中で、他社の特許が障壁となる場合があります。例えば、新製品やサービスの計画時に、その実施を妨げる特許出願や登録特許が見つかることがあります。このような状況に対応するための手段として、以下の3つの制度があります。
1.情報提供
目的
他社の特許出願が審査中である場合、その特許が成立しないよう特許庁に情報を提供する制度です。
制度概要
特許庁に対し、「新規性や進歩性が欠ける」と判断できる文献や情報を匿名で提供することができます。これにより、審査官がより適切な審査を行う手助けをします。
メリット
比較的簡易で費用が少なく、匿名での提出が可能なため、相手方(出願人)に直接関与を知られるリスクが少ないというメリットがあります。
注意点
情報提供には以下のリスクが伴うため、慎重な検討が必要です。
1. 分割出願によるリスク
情報提供を行うことで、他社に特許出願の重要性を気づかせてしまう可能性があります。その結果、他社が分割出願を行うことで審査係属期間を延ばし、当初の明細書に記載された内容の範囲内で権利範囲を調整することが可能になります。これにより:
- 他社が複数の特許を成立させ、自社にとって厄介な権利が増える。
- 潰すべき特許や監視対象が増え、管理負担が大きくなる。
2. 補正によるリスク
審査段階では、他社が出願内容を補正し、権利範囲を動かすことが可能です。補正により、当初の出願に比べて権利範囲が広がったり、特定の製品や技術を意図的に包含する形に修正されたりすることがあります。これにより、自社製品や技術が新たに特許侵害のリスクにさらされる場合があります。
2.異議申立て
目的
登録直後の他社特許に対し、その有効性を早期に争い、無効を目指す制度です。
制度概要
特許成立(厳密には特許公報発行日)から6か月以内に、特許庁に取消を申し立てることができます。申立があれば、特許庁が審査を行い、特許を維持するか取り消すかを判断します。一度成立した特許について、特許庁内で「再審査」をお願いするイメージです。
メリット
1. 相手方(特許権者)の打ち手が限定的
特許成立後は、特許権者が「訂正請求」という手段を使うことができますが、この手段では権利範囲を狭くすることは可能であっても、拡張したり、別の範囲にずらすことはできないため、特許権者の対応手段が制限されます。この点が情報提供と比べて大きなメリットです。
2. 申し立ての黒幕が分かりにくい
異議申立ては匿名ではできませんが、申立人の意を受けた第三者(いわゆる、ダミー)を立てることで黒幕を隠しやすいため、申立人が誰なのか特許権者に分かりにくくすることが可能です。
3. 手続き負担が軽い
特許庁とのやり取りは基本的に書面審理で行われるため、手続負担が少なく、申立て後は審理が進むのを待つだけで済むこともあります。
4. 比較的短期間で結論が出る
「特許行政年次報告書2024年版」によると、特許異議申立ての平均審理期間は7.8か月です。迅速にビジネスリスクを低減できる可能性があります(※なお、審理の状況や特許権者の出方によって審理期間は変動します。特に、取消理由通知(決定の予告)後に特許権者が「訂正請求」を行う場合は、上記審理期間より長引く傾向があります)。
注意点
申立ての期限が6か月と短いため、特許成立後の迅速な対応が求められます。
3.無効審判
目的
既に登録されている特許に対し、特許の無効化を目指す制度です。
制度概要
登録済みの特許について、特許の有効性を争います。異議申立とは異なり、特許権の存続期間中であればいつでも請求可能です。
メリット
1. 相手方(特許権者)の打ち手が限定的
無効審判でも、異議申立てと同様に、特許権者の対応手段が「訂正請求」に限られます。
2. 柔軟なタイミング
特許成立から年数が経過していても請求可能で、タイミングを見計らって行動ができます。
注意点
無効審判では請求人として自社名を明らかにする必要があります。このため、争いが顕在化し、既に利害関係が明らかになっている場合に用いるのが一般的です。また、相手方との口頭審理であるため手続き負担が大きく、費用も高額になるため、慎重な計画が求められます。実際、2023年の無効審判の件数は異議申立の件数の約8%と少なく(「特許行政年次報告書2024年版」参照)、このことからも気軽に行う手段ではない、ということがうかがえます。なお無効審判の平均審理期間は13.9か月です。
4.まとめ:状況に応じた制度の選択を
手段 | 提起時期 | 費用 | 潰れやすさ | 匿名性 | 手続負担 |
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情報提供 | ○ 公開後 | ○ 低 | × その特許が重要であると出願人に認識されて、様々な対策を取られてしまう | ○ 匿名可 | ○ 投げるだけ |
異議申立て | △ 特許成立 (特許公報発行日)から6ヶ月以内 | △ 中 | ○ 特許後の訂正範囲は狭く、相手は打ち手が少ない | △ 匿名は不可だが黒幕を隠すことができる | 〇 基本は投げるだけだが特許庁と書面でやりとりすることも 可能 |
無効審判 | × 特許成立後 | × 高 | ○ 特許後の訂正範囲は狭く、相手は打ち手が少ない | × 社名を出す必要があるため、争いが顕在化して初めて取る手段 | × こちらと相手方との口頭審理 |
特許出願の段階では情報提供が、特許成立直後であれば異議申立てが、長期間経過後であれば無効審判が選択肢となります。ただし情報提供を行う際には、分割出願や補正によるリスクを十分に考慮する必要があり、状況やビジネス戦略に応じた最適な手段を選ぶことが重要です。
当事務所では、これらの制度を用いた戦略的な対応をサポートしています。他社特許問題でお困りの際は、ぜひご相談ください。