いつも弊所のブログをご覧いただき、ありがとうございます。弁理士の室伏です。
2024年8月24日(土)に開催された第4回特許の鉄人イベントの第2試合に選手として参加してまいりました。「特許の鉄人」とは、2人の弁理士が1つの発明について、特許明細書の中でも最も重要な「クレーム」と呼ばれる部分を制限時間内に即興で作成するクレーム作成タイムバトルです。

試合中の様子。お互いに表情は真剣そのもの。

本記事では、試合中にどのようなことを意識してクレームを作成していたかを中心に、このイベントを振り返りたいと思います。かなりマニアックな内容となっておりますので、ただの独り言としてご笑覧ください。

「特許の鉄人」ルール説明

まずルールを説明します。
制限時間は25分間。この時間内に、発明者による発明品の説明と、発明者へのヒアリングを行い、各選手がクレームを完成させていきます。クレーム数は5つまで、と決められています。通常の実務ですとクライアントへの発明ヒアリングは大抵1時間程度。したがって通常と比べるとハイスピードで発明を把握して、さらにクレームに落とし込むところまでしなければいけないということになります。

その後、各選手が、作成したクレームを説明するために3分間の即興プレゼンを披露します。このような一連の工程を、会場・オンラインを含め130名近くの観客に、作業姿だけでなく作業中のPC画面までまるごと見守られながら行います。選手としては大変なプレッシャーです。

評価ポイントは、以下の通りです。

評価のポイント
  1. 発明品のポイントを捉えているか
  2. 先行技術との差異が表現されているか
  3. ビジネス展開を考慮できているか

気になるお題は?

私が挑戦した第2試合に出されたお題は、ピクシーダストテクノロジーズ社の会話視覚化サービス「VUEVO(ビューボ)」でした。

出典:ピクシーダストテクノロジーズ社VUEVO特設サイトより

同じ場に複数の発話者がいた場合に、難聴者にとって誰がどのような発言をしたのかを把握することが難しいという課題がありました。

このシステムは、マルチマイクデバイスを用いて集音した情報に基づいて、誰が何を話しているかをリアルタイムに直感的に表示することで上記課題を解決するというものです。

発明整理のフレームワーク

当日は頭が真っ白になることを想定して、自分なりにフレームワークを用意していました。もっと考慮することはある、とお叱りを受けるかもしれませんが、限られた時間の中で整理するためのモノとしてご容赦ください。

試合で使った発明整理のひな型

当日は大体この通りに考えましたが、時間の制約で省略した部分もあります。

大きく2つの観点から発明を整理していきました。

(1)事業的観点からの整理

a.発明者(依頼者)の事業形態

発明者がどのような形態で事業をしているのか(お金儲けしているのか)によって、発明の切り取り方やカテゴリーが変わってきます。特に当日は、ソフト販売なのか、ハード販売なのか、ソフトとハードのセット売りなのかを気にしました。

b.競合の定義

競合が実施するとしたらどのような態様になるかを検討する上で、競合をしっかりと定義しておくことは重要です。

c.顧客セグメントの定義

発明者が誰に対して価値を提供したいのかということです。課題を設定する上での出発点となります。a~cから、クレームのカテゴリーを決めます。

d.顧客が抱える課題の設定

発明整理の上で最も重視する項目です。これが顧客への価値提供に結びつきます。

なお、当日は余裕がありませんでしたが、設定した課題を解決することが、発明者が叶えたいことにつながっているかも確認する必要があります。課題が解決されたとしても発明者にメリットがなければ特許を取る意味はありません。例えばシステムの新規ユーザ数を増やしたいとか、リピート率を高めたいとか。そういうものにつながっているかを確認します。

(2)特許要件からの整理

a.メインクレームの検討 ~先行技術との対比~

本件発明と先行技術とを比較し、メインクレームを検討します。

具体的には、本件発明の構成要件を列挙し、それに対応する構成が先行技術にあるかどうかを整理していきます。差異が出る部分は新規性がある(と考えられる)ため、本質的特徴の「候補」となります。実際の試合では、対比が分かりやすいように表形式で整理しました。

その中から、課題解決に直結するものを本質的特徴として判断します。そして外延として必須のものだけを選び取って、全体的なメインクレームを作っていきます。

適宜、上位概念化や構成要素の削除を行い、また、不明確な部分があれば正していきます。 このとき広げすぎると、当初想定していなかった公知技術を含んでしまうことがあります。特に適用範囲を広げた結果、別用途で従来からよく知られている常識的な技術を含んでしまっていたということはよくあります。(本来はそのようになっていないかチェックしなければなりませんが、当日はそのような余裕がありませんでした。)

b.サブクレームの検討

今回の場合は、請求項数が5と限られているので、サブクレームする特徴を選別する必要があります。サブクレームは審査の過程で請求項1がダメだった場合の権利候補としての役割があります。(その他、特許取得後の訂正に備えるという役割もありますが)。
チャレンジとして請求項1を広めに記載し、本命をサブクレームに持ってくる、ということはよくあり、今回もこの方針で作成しました。
この方針でいくと、特許性がクリアできそう×事業的に意味のある構成をサブクレームに据えることになります。

「事業的に意味がある」というのは色々な定義ができますが、本試合ではこのように定義しました。

・課題解決の本質を支える特徴
・発明者の「思い」がのっている特徴
・(課題解決の本質に直結しなくても)発明者が最終的に叶えたいこととの関係で、マーケティング上重要になるだろう特徴

なお今回は先行技術の開示が少なかったので、「特許性がクリアできそう」かの検討をあまり深くは行いませんでした。

実際のメモと起案

試合中に起案した実際のメモが以下。とにかく急いで書いたので、日本語がおかしい部分や誤字が多数ありますがご容赦ください。「複数の音源における会議」は、「複数の人が発話する会議」と書きたかったのでしょう。手が震えていました。

試合中に書き込んだメモ

試合中に起案したクレームがこちら。

試合で作成したクレーム

途中、この発明のUIに価値を見出して、音声変換の部分は必須でない構成としてメインクレームからは排除しました。したがって(メモだけでは言葉足らずですが)、メインクレームの音声情報は、音声を変換した生の音声テキストをイメージしていました。音声変換処理や方向特定処理は内部でやっても別の装置(マイク等)でやってもよく、とにかくどこかしらからそういった情報を取ってきて、どの方向から来たのかが分かるように音声テキストを表示すればよい、ということを表現したつもりでした。

「仮想空間内に出力」という表現をしたのは、出力態様が必ずしも画面表示だけでなく、VR・ARで投影だってありえるし、二次元表示でなく三次元表示も考えられそうだと思いました。プレゼンでは言えませんでしたが、気づいていただいた方がいらっしゃったので嬉しかったです。なお、このように適用範囲を広げたら、広げた分だけ責任を持って明細書を充実化させてサポートしなければなりません。そこは我々弁理士にお任せください。

今回、「リアルタイム性」という部分が発明者の思いが表れた部分であり、落としどころとなりそうなポイントだったかと記憶しています。請求項3において「時系列順に出力する」と定義しましたが、審査員からの指摘の通り、リアルタイム性を「応答が速いこと」と定義するなら「サーバを介さずにマイクから音声データや方向データを取得」という特徴を入れておくべきだったのだと思います。そのときは考えが及びませんでしたが、発明者の思いが表れた部分であるからこそ、ここはもう少し冷静に確認すべきだったと反省しています。

イベントを終えて

事前準備の甲斐あってか、結果的に、多くの方にご支持いただけることとなりました。会場にお越しくださった皆様、動画配信で観戦してくださった皆様、関係者各位に感謝申し上げます。

今回のイベントを通じて、実務フローの見直しと改善に取り組む貴重な機会を得ました。そしてクレームドラフティングの奥深さを感じました。クレドラは面白いですね。

対戦相手の金子先生は、発明整理にイラストを用いており、非常に分かりやすい整理をされていました。イラストで整理されていると、クライアントも確認しやすいと思います。実際の案件では、大体1回の打ち合せで特許の方向性に関する合意をとる必要がありますので、金子先生のように即興で分かりやすく整理する技術は非常に重要と感じています。普段見ることができない良い物を見せてもらい、刺激の多い一日となりました。

最後に金子先生と記念撮影。お互い、解放感が表情ににじみ出ています。お付き合いいただきありがとうございました。

試合後の様子

この経験で得られたことを糧に、より良いサービス提供を目指し精進して参ります。

今後ともきのか特許事務所をよろしくお願いします。